中部日本みつばちの会 会報に掲載する文章

岸茂樹(国立環境研究所)2017. 5. 31 作成

 

タイトル「訪花昆虫の価値を金額にしてみる」

 

 ニホンミツバチをみていると、本当に多くの花を訪れています。私は2年前に豊田市でニホンミツバチを飼い、ミツバチたちがどんな花を訪れているのか調べてみました。その結果、アレチウリ、ツユクサ、オオマツヨイグサ、ヤブガラシ、ノブドウ、アベリアなど実に多くの花を訪れていることがわかりました。ほかにも、ナスなどの農作物の花を訪れていることもわかりました。ニホンミツバチはハチミツが取れるだけでなく、農作物の受粉も助けていました。

 ニホンミツバチだけでなく、野外では多くの昆虫が、農作物の受粉を助けています。逆にいえば、このような昆虫がいなければ農作物は実をつけることができません。多くの人たちは、花を訪れる昆虫のことなんて気にも留めません。しかし彼らがいなければ多くの農作物ができなくなるのですから、彼らは人間社会にとって非常に重要な存在といえます。

 昆虫等の生物が植物の受粉をしてくれる働きのことを送粉サービスといいます。送粉サービスは、生態系が人間社会にもたらす利益の中でも非常に重要なものです。生態系が豊かであるほど、そこからもたらされる送粉サービスもより豊かなものとなるでしょう。

2010年に名古屋で開催されたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)では、このような重要な生物多様性を守るために愛知目標が採択されました。その目標を実現するために2012年には科学的な政策提言を行う組織、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)が設立されました。IPBESは送粉サービスを主要なテーマの一つとして扱ってきました。

 そして2016年、IPBESは、世界の送粉サービスの経済的価値は2350億〜5770億ドル、日本円にして約26兆〜64兆円の価値があると結論しました。これは農作物の送粉を担う生物がいなくなったときに、農作物の生産額がどのくらい減少するかを計算したものです。毎年生み出される価値ですから、非常に大きなものといえます。それでは、日本の送粉サービスの経済的価値はどのくらいなのでしょうか。これはすでに研究されており、それによれば約4700億円とされています。これは日本の農作物生産額(耕種農業産出額)の8.5%を占めています。とはいえ、送粉サービスの価値は日本各地どこでも同じとは限りません。日本各地でその土地の気候風土に根ざしたさまざまな農作物が生産されていますから、送粉サービスの価値もそれぞれの地域で異なるでしょう。

 そこで、私は豊田市の送粉サービスの価値を調べることにしました(岸 2017)。ただし、日本では送粉サービスのほとんどは昆虫によってもたらされるので送粉サービスの価値はほぼ送粉昆虫の価値としてみることができます。まず、それぞれの農作物について送粉昆虫の重要度を割り振りました。たとえばニンジンやダイコンなどの根菜類では昆虫による送粉は必要ないので重要度は低い一方、モモやリンゴなどの果実類は送粉しないと実がつかないので重要度は高くなります。次に、それぞれの農作物の年間生産額にこの送粉昆虫の重要度を掛け合わせることによって、送粉昆虫がいなくなった場合の農作物生産額の減少分を計算することができます。そして最後にこれらを足し合わせることで、豊田市全体の送粉昆虫の価値としました。

 その結果、豊田市の送粉昆虫の経済的価値は約56千万円となりました。内訳をみると、上位2つがナシとモモで、ナシが3971万円、モモが14429万円でした。ナシとモモだけで全体の8割を超えていました。ナシとモモはいずれも豊田市の特産品で、比較的価格の高い農作物です。しかもこれらは送粉昆虫の重要度が高いため、このような結果になりました。

 もし豊田市から送粉昆虫がいなくなると、農作物が毎年56千万円分以上減ることになります。特にナシやモモの生産者は大損害でしょう。ほかにもクリ(3773万円)、ウメ(812万円)、ダイズ(3159万円)、キュウリ(441万円)、ナス(973万円)などで甚大な被害が予想されます。しかも、実際には被害はこれだけにとどまらず、もっと拡大する可能性があります。たとえば、農作物がとれなくなれば、それらに関係する商売がみな被害を受けることになります。農作物の販売業者、加工業者、飲食業者等です。それに、送粉昆虫の重要度の低い野菜類でも来年のための種子を実らせるには送粉昆虫が必要でしょう。さらには、トマトやカキは自家受粉するので送粉昆虫の重要度は低いのですが、実際には送粉昆虫が訪れることで大きくて形のいい実がなることが知られています。これらのことを考え合わせると、今回の試算額よりかなり大きな損害になるはずです。

このような被害を回避するには、送粉昆虫を守っていくことが必要です。1つの方策は、かれらの生息場所を保全することです。たとえば河川沿いに残る草原や雑木林には多くの送粉昆虫が暮らしています。実際、こうした草原や雑木林の近くでは農作物の実のりがよくなるという研究結果もあります。このような場所を残していく、あるいは整備するにしてもできるだけ元の環境を残すことで送粉昆虫を維持できると思います。

今回、送粉昆虫の価値を金額に直すという試みをしました。多くの人が「昆虫も意外と重要なんだな」と気づくきっかけになれば幸いです。

 

参考文献:

岸茂樹(2017)愛知県豊田市の農作物に対する送粉昆虫の経済的価値.矢作川研究 21:1—4